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東京高等裁判所 昭和62年(う)448号 判決 1988年3月18日

本籍

東京都大田区西糀谷三丁目六一〇番地

住居

同都港区六本木五-一一-三八

ハイネス麻布鳥居坂四〇二号

医師

八木昭二

昭和二年六月二六日生

右の者に対する所得税法違反・詐欺被告事件について、昭和六二年二月二〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人から控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官平田定男出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人長谷川幸雄、同佐藤博史名義の各控訴趣意書及び両弁護人連盟の控訴趣意補充書に、これに対する答弁は、検察官平田定男名義の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

第一弁護人佐藤博史の控訴趣意中原判示第一の所得税法違反に対する事実誤認の主張について

一  所論は、要するに、被告人に対する所得税法違反について、以下三点において、原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

1  接待交際費について、原判決は、昭和五六年、五七年分の接待交際費をいずれも一〇〇〇万円と認定した。しかしながら、被告人の捜査段階における接待交際費に関する供述は、理詰めの尋問の結果によるもので、信用性がなく、かつ接待交際費に関する検察官坂井靖作成の昭和六〇年二月一八日付捜査報告書謄本(以下書証について謄本のものにつき表示は省略)において、検察官は、「飲食店関係等以外の計上金額」については否認していないから、検察官が認定した「飲食店関係等の計上金額」のうち認容し得るものとした金額に、これを加算すると、昭和五六年、五七年分の各接待交際費は、いずれも年間一〇〇〇万円を上回り、被告人の右各年分の接待交際費は一〇〇〇万円を間違いなく超えているという原審公判廷における供述にはそれなりの根拠があり、原判決の右事実認定は誤りである。

2  薬品問屋からのリベートについて、原判決は雑収入に該当すると認定した。しかしながら、被告人がエーダイ薬品株式会社以外の薬品問屋から受領したとされるリベートのうちには、被告人が実際に薬品問屋から接待を受けるかわりに、被告人が飲食した場合に、薬品問屋宛の領収書をもらって飲食代金を支払っておき、後日これに見合う金額を薬品問屋から受け取っていたものが含まれており、これはいわば被告人が一時的に立替えた飲食代金を後日精算してもらっただけのものであって、被告人が実際に受けた利益は飲食の提供でしかなく、この分は収入ではないから、原判決の右事実認定は誤りである。

3  今村みつ子に対する給料等について、原判決は、同女が看護婦として病院に勤務していない期間、看護婦募集の渉外活動など病院のための仕事をしていた事実を認めず、「それにもかかわらず右期間において今村みつ子に給料等が支払われていたのは、同女が被告人と愛人関係にあり、被告人のカルテ改ざん作業を手伝っていたことなどによるものと認められる」として、同女に対する給料賃金として公表計上されたもののうち、病院に看護婦として勤務していない期間のものを必要経費へ算入することを否認した。しかしながら、同女は看護婦として三和病院に勤務していないときは、看護婦募集の渉外活動など病院のための仕事をしていたし、右期間同女に支給されていた給料等がカルテの改ざん作業を手伝ったことに対する対価としての性格をも有するとすれば、カルテ改ざん作業の結果としての詐欺金額を収入として認定する以上は、その必要経費として処理されるべきものであって、原判決の右事実認定は誤りであり、かつ、原判決の前記判示は、理由そごないしは法令解釈の誤りを犯した結果、前記期間の給料等全額を否認するという事実誤認を犯したものというべきである。

というのである。

二  そこで、記録を調査して、以下順次検討することとする。

1  接待交際費について

被告人は、国税局の調査段階では、公表計上どおり交際費を支出していて架空計上はない旨主張していたが、検察官の取調べ段階に至り、架空計上を認めるようになり、昭和六〇年二月一一日付供述調書で、これまで責任を軽くするため、また調べがつきにくく、結局は自分の言う通りになるだろうという考えから、接待交際費の実態について嘘を述べて来たが、これから偽りのないところを述べる旨前置して、具体的に交際費の内容を供述しはじめ、以後同月一二日付(五丁のもの)、一四日付、一八日付(本文四丁のもの)各供述調書で、四グループの医師に対する飲食店での接待費・医師の紹介を依頼していた大学教授や医療機械販売業者等に対する接待費・来客に対する接待費・忘年会費・中元・歳暮など一切の交際費を合計しても、昭和五六年、五七年の両年とも一〇〇〇万円以内で、これを超えるようなものではなかったと供述しているのであって、被告人の検察官に対する右各供述調書の信用性を否定すべき事情は認められず、他方、被告人の原審公判廷における交際費に関する供述は、大濱美代志、鷲田操、田中正司、泉俊光、接待を受けた医師、飲食店関係者らの検察官に対する各供述調書、検察官坂井靖作成の同月一八日付捜査報告書、収税官吏作成の接待交際費公表計上の状況調査書及び接待交際費調査書等に照らし信用することができない。被告人の接待交際費に関する原審公判廷における主張が過大であることは原判決が詳細に説示しているところであり、これを正当として是認することができる。そして、弁護人の挙げる右の検察官坂井靖作成の捜査報告書は、公表された接待交際費の「飲食店関係等の計上金額」と「飲食店関係等以外の計上金額」の二つのうち、前者についてのみ調査して、認容し得るものと、認容できないものを区分けしたにすぎず、後者については調査検討を行っていないうえ、検察官によって認容も否認もされていないものであり、これをもって弁護人の主張を裏付ける証拠とすることはできない。論旨は理由がない。

2  薬品問屋からのリベートについて

関係証拠によれば、所論の薬品問屋宛の飲食店発行の領収書と引き換えに被告人が薬品問屋から現金を受領した分について、それに相当する飲食接待を被告人が薬品問屋関係者から現実に受けたことはないこと、そもそも各薬品問屋と取引を開始するにあたって、被告人は仕入額の一定割合をリベートとして支払いを受けることを条件とし、薬品問屋側ではリベート額に見合う飲食店の領収書と引き換えにリベートを支払うことで了解していたこと、このような方法をとったのは、薬品問屋側としては取引を成立させるためには顧客の要求を受け入れざるを得ないことから経理処理上リベート支払を接待交際費の支出として処理するための方便としたものであり、被告人にとってもリベート収入の事実を秘匿できることから好都合であったことによるものであったこと、従って、リベート支払いの見返りとして被告人から薬品問屋に渡たされた領収書は、実際に被告人が飲食したかどうかとは関係のないものであったことがそれぞれ認められ、エーダイ薬品株式会社以外の薬品問屋からのリベートが被告人の雑収入に該当することは明らかであって、原判決の認定に誤りはない。論旨は理由がない。

3  今村みつ子に対する給料等について

関係証拠によれば、今村みつ子は、昭和五三年四月ころから同五六年七月ころまで三和病院に看護婦として勤務し、同病院を辞めてからは看護婦不足で人手が必要な際に、時々短期間同病院に勤務したことがあるものの、同病院を辞めた後昭和五六年、五七年において看護婦募集活動を行っていた事実は認められず、これに反する被告人の原審公判廷における供述は、今村みつ子、鷲田操及び被告人の検察官に対する各供述調書に照らし信用できない。

そしてまた、関係証拠によると、被告人と今村みつ子は昭和五三年九月ころから愛人関係に入り、同女は当初横浜市戸塚区内に居住していたが、同五五年八月ころから同五九年六月ころまでの間は、被告人所有の東京都港区高輪に所在するマンションの部屋を無償提供されて、同所を住居として関係を続けていたこと、同女は、同五五年四月ころから被告人の指示のもとに、カルテ二号用紙の入れ替え・転記作業等をするようになり、当初は病院の院長室等で作業していたが、右高輪のマンションに転居してからは、被告人が同所にカルテ綴り等を持ち込んで、カルテの改ざん作業をするようになったことにともない、同女もまた同所で右の転記作業等を行うようになり、同五八年末ころまで続けたが、同年秋ころ東京国税局の強制捜査を受けたこともあって、同五九年に入るや被告人は水増請求を縮少し、右今村の手伝いを求めず被告人一人でカルテの改ざん作業をするようになったこと、そして、同女に給料として支給されていた金額は、同女が被告人の愛人となってからは同僚より可成り高額に引き上げられ、特殊手当てや別口金まで支給されるようになり、同女が三和病院を辞めてからも勤務当時と全く変らぬ額を引き続き支給されて来たこと、その間基本給も昭和五六年三月には月額二二万から二三万六〇〇〇円に、同五七年三月からは二四万一〇〇〇円にそれぞれ引き上げられ、別口金も同五七年九月までは月額一〇万円であったものが、翌一〇月からは二六万円に引き上げられていたもので、しかも右額は、同女が右病院を辞めた後人手不足などの際短期間同病院に出て働いたときも、そうでないときも、そしてまたカルテ二号用紙の入れ替えや転記作業等カルテの改ざん作業を手伝っていたときも、いないときも増減はなく、なんら変わらなかったことを総合すると、同女が同病院を辞めた後引続き従前通り給料等名目で支給されていた金員は、同女が被告人と愛人関係にあったためその手当として支給されたものであり、カルテの改ざん作業の手伝は、同女が被告人の愛人として手助けしたもので、金銭的対価の授受を予定して行われたものとはみられないから、同女に対する給料賃金として公表計上されたもののうち、病院に勤務していない期間の部分は必要経費に算入されるべきものではないというべきである。従って、原判決が同女が病院に勤務していない期間同女に給料等して支払われていたことの理由にカルテ改ざん作業を手伝っていたことを挙げた点は妥当とはいえないが、同期間同女に給料等として支給された分が必要経費に算入されるべきものではないとした結論において誤りはないから、結局原判決に事実誤認の違法があるとは認められないことに帰する。論旨は理由がない。

第二弁護人長谷川幸雄の原判示第二の詐欺に対する事実誤認の主張について

一  所論は、要するに、(一)渡辺幸恵の供述には信用性がないのにかかわらずこれがあることを前提にした検察官主張の診療報酬の水増請求額及び騙取額の算定並びにこれを肯認した原判決には疑問があり、かつ、(二)原判決は原審における弁護人の主張に対し、計算間違いのほか、六名について水増請求額及び騙取額を減額し、本院の患者宇田川源太郎分につき診療報酬請求書通り抗生物質薬品を全量施行したものとして水増請求を否定したにとどまり、その余についての弁護人の主張を排斥したが、カルテの原本を精査すると、末尾別表第一の(一)(二)の各患者の診療報酬請求の水増請求額・騙取額には、さらに減額や診療報酬請求書通り全量施行したものとみるべきものがあり、これらを認めなかった原判決には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実誤認がある、というのである。

二  所論の検討に入るに先立ち、まず弁護人が控訴趣意書で事実誤認を主張する患者の診療報酬の水増請求額・騙取額を整理して検討するに、

1  別表第一の(二)の分院の患者分のうち

(一) 番号17福原喜一のセフアメジン、番号24森本ナオミのエポセリン、番号25藤森治子のエポセリン、番号26川口かね子のエポセリン・セフォビット・バシアンについて、所論は全量施行乃至は一部水増を主張して減額を主張するが、すでに検察官において、原審で、被告人の主張に対応して関係証拠を再検討した結果、被告人の主張を認めるべきものとして検察官自身が水増請求金額・騙取金額を減額済みであり、原判決もこれを前提ととして右各金額を算出しており、各減額した金額は、所論が減額すべしと主張する金額と同額であって、不服の対象が消滅しているから、弁護人の主張は失当である。

(二) 番号13下山喜のエポセリン・セフォビット、番号18二瀬ヒデヨのセフォビットについては、原判決においてカルテの改ざんを認め、前同様すでに減算済みであって(原判決書一九頁)、不服の対象が消滅しているから、これについての弁護人の主張も失当である。

2  別表第一の(一)の本院の患者分のうち二の瀬、遠藤きくについて、弁護人は控訴趣意書で、どの月の、どの薬品について、どのような事実誤認があるのかを具体的に述べておらず、また「本院・分院分を問わず、カルテ等を精査すると、さらに多くの改ざんが明白になる、原判決は宇田川源太郎(本院分)につき改ざんが不明であるので全量施行と訂正したが、改ざんが不明の事例はもっと多く存在する、十分に検討して頂きたい」などと主張する部分も、単に職権発動を促すにすぎず、控訴の理由として具体性を欠くので、右いずれの主張も失当というほかはない。

三  そこで、まず、種々の観点から渡辺幸恵供述の信用性を争う所論(一)について、順次検討する。

1  所論の(イ)渡辺幸恵が自分の字とするものと他人の字とするものの区別につき合理的基準がない、(ロ)渡辺は明白に同人の字と違うものを自己の字としている、(ハ)カルテにおける筆跡が誰れのものであるかについても区別基準はないとする所論について

原判決が認定判示するように本件における診療報酬の水増請求方法からして、抗生物質薬品名が被告人の字で記載されているか否かが問題となるのはカルテにおいてであり、渡辺幸恵の字で記載されているか否かが問題となるのは指示簿においてであることころ、渡辺幸恵及び今村みつ子はいずれも被告人と愛人関係にあり長年にわたりその身近にいて被告人の筆跡を熟知しているうえ、カルテに記載されている抗生物質薬品名の筆跡が被告人のものであるか否かについてことさら虚偽の供述をしていると疑わしめる事情は窺えない。そして、被告人及び渡辺幸恵が抗生物質薬品名の字が自筆であると自認しているものについて、同人らがことさら他人の字を自分の字と偽って供述をしなければならない必要性も利益もないうえ、指示簿上の抗生物質薬品名につき渡辺幸恵が明白に同人の字と違うものを自分の字としているものがあるとは認められない。

2  所論の(ニ)改ざんの痕跡についての判断に関し、例えば、福原喜一、藤森治子のカルテの使用グラム数の改ざんが明白であるのに、渡辺幸恵は改ざんしたように感じるとか、判断しにくいなどとしている、(ヘ)渡辺幸恵が使用グラム数につき1から4への改ざんがあるとしているものも、実際にカルテを見るとそのような改ざんは認められず、事実に反するものがある、(ト)改ざんの有無について渡辺幸恵の判断と検察官の判断には一致しないものがある、ことなどからみて渡辺幸恵の供述には信用性がないとの所論について

所論の挙げる多数の患者の個々については後に検討することとするが、使用グラム数の改ざんの有無については、算用数字の字形・数字の構成する線の濃淡・筆勢等を総合して判断しているのであるから、これらについての見方の相違によっては、改ざんの有無について渡辺幸恵・被告人・検察官・裁判所等の判断、言い回しにくい違いがあってもやむを得ない場合が少なくない。(ニ)について、渡辺幸恵は、福原喜一については、カルテの二月一日欄のセフアメジン三グラムについては「2から3に直した形跡がみられる」とし、同日六日欄のセフアメジン三グラムについても「2から3に直したと思う」としており、藤森治子については、カルテの四月一日欄のエポセリン四グラムは「3から4に」、同月二六日欄のエポセリン三グラムは「2から3に」それぞれ「改ざんしたように見える」と供述しているのであって、誰れが見ても明白に痕跡がないのに、あると言ったり、逆に明白に痕跡があるのにないと言っているのではなく、その他の患者についても、カルテの当該部分と渡辺幸恵の供述を対比しつつ検討してみても、その供述の証拠力を全面的に否定さぜるを得ないほど供述が不合理・不自然であるとは認められない。

3  所論の(ホ)渡辺幸恵は、すでに退院している患者についても改ざんがあるとしているところ、その供述が虚偽であることは明確であるとして、二月九日に退院した大山スズのセフォビットを例に挙げて信用性を争う所論について

検察官提出の「抗生物質水増量検討メモ(分院分)」の日時に二月一六日とあるは、カルテ及び指示簿からみて二月六日の誤記であることが明白であって、弁護人の非難はこの誤記を前提とするものにすぎず、被告人及び渡辺幸恵は、原審公判廷で二月六日欄のセフォビットの記載を対象にして使用グラム数を2から3に改ざんしたように思われると供述し、検察官もこれを容れて原審において水増請求金額・騙取金額を減額・修正済みであって、弁護人の主張はあたらない。

4  所論の(チ)指示簿の記載について、高田愛子・福原喜一の例を挙げて、「渡辺幸恵は抗生物質薬品名等につき自分が記載したものであることを認めながら、水増ではなく、看護婦がつけ落したので自分が書いたとするのであるが、水増とつけ落しの区別の根拠がない」とする所論について

右に関する渡辺幸恵の供述を要約すると、右各患者のカルテの抗生物質薬品名は被告人の筆跡ではなく、かつ使用数量に改ざんがあり、他方指示簿の抗生物質薬品名及び使用数量は渡辺幸恵の筆跡で改ざんの跡は認められないところ、このようになっているのは、看護婦が被告人から指示された抗生物質薬品名・使用グラム数をカルテに記載し、実際に指示通りに施用したのに、施用後これを指示簿に記載するのを忘れ、つけ落したため、後日被告人がカルテの使用グラム数を改ざんして一部水増しをしたものについて、渡辺幸恵が改ざんされたカルテにあわせて指示簿に抗生物質薬品名・使用グラム数を記入したため指示簿には改ざんの跡がないとするのであって、その説明は了解可能であり不自然ではない。従って、指示簿の抗生物質薬品名及び使用グラム数が渡辺幸恵の字で、かつ改ざんの跡がないもののうち、カルテの抗生物質薬品名が被告人の字で使用量に改ざんの跡がないものは全量水増、カルテの抗生物質薬品名が被告人の字ではなく使用量に改ざんの跡があるものについては、指示簿上実際に施用された分がつけ落しになっていて一部水増とみられるのであって、全量水増とつけ落しによる一部水増の区別の根拠は明確であるから、弁護人の主張は理由がない。

5  その他、記録を調査してみても、渡辺幸恵供述の信用性を否定すべき事情はなんら認められない。そして、原判決はカルテ・指示簿の抗生物質薬品名の筆跡や改ざんの有無について、渡辺幸恵の供述のみで検討しているわけではなく、証拠物であるカルテ・指示簿の当該部分を中心に、渡辺幸恵・今村みつ子及び被告人の各供述をも総合して検討しているのであって、原判決が争点に対する判断四診療報酬の水増請求額、騙取額についての(二)で、水増請求金額及び騙取金額の算定方法に関する弁護人の主張につき判示するところは、正当としてこれを肯認することができる。

四  つぎに、前記所論(二)について、検討することとする。

1  所論の大半は、抗生物質薬品につき診療報酬請求書どおり全量施行しているので、水増請求はなく、従って騙取金もないと主張するものである。しかし、これらについては、被告人自身が捜査段階の検討において一グラムの使用を四グラムの使用にみせかけ、あるいは二グラムの使用を三グラムの使用にみせかけるために使用グラム数を改ざんしたもので、一部水増であると供述し、原審においても、騙取金額算出の根拠となったカルテ・指示簿に関し被告人の判断と異なる渡辺幸恵の判断・供述部分について、証拠物であるカルテ及び指示簿を再検討したうえ、被告人が認める数値として証拠物検討結果報告審=「不突合メモ」を作成し、右同様の一部水増を主張していたものであって、これに基づく争点につき渡辺幸恵の証人尋問及び被告人質問が実施されてその一部については、検察官も被告人の主張を認め、全量水増の主張を一部水増に改めて公訴事実の水増請求金額・騙取金額を減額したうえ論告・求刑したのであるが(別表第一(一)(二)の備考欄参照)、原審弁論段階で弁護人がかわり、それまで被告人側が主張して来た一部水増の主張のうち可成りのものにつき、全量施行すなわち水増請求はしていない旨主張を変えるに至り、所論も同様の主張をする。ところで、所論のなかには別表第一(二)の番号5の今野ヤス、番号10の横田甚作の各セフォビットのように、カルテの抗生物質薬品名が被告人の字で、かつ改ざんがないから全量施行の処理をすべきであるとする主張があるが、原判決が説示する抗生物質薬品の水増量の確定方法から明らかなように、カルテとの関係でいえば、抗生物質薬品名が被告人によって書かれ、使用グラム数に改ざんのないものは全量水増として処理されるべきものであって(抗生物質薬品名が看護婦によって書かれ、使用グラム数に改ざんのないものが全量施行、抗生物質薬品名が看護婦によって書かれ、使用グラム数に改ざんがあるものが一部水増としてそれぞれ処理される。)、右処理の方法は相当と認められるから、弁護人の主張のように薬品名の筆跡が被告人のものとすると、一部水増として処理した原判決よりも被告人に不利益な結果となるのであって、右主張も失当といわざるを得ない。

2  さて、原判決は、原判示第二の詐欺につき、三和病院の本院・分院別、被害者別、診療報酬の各請求月ごとに一罪としているので、所論を原判決の認定した各罪に対応させたうえ、減額すべきであると主張する騙取金額、すなわち誤認騙取金額を整理すると、別表第二のとおりとなり、同表一覧表(二)分院分・被害者東京都国民健康保険団体連合会の番号1及び同表一覧表(四)分院分・被害者神奈川県国民健康保健団体連合会の番号1(前者は別表第一(二)番号1乃至12、後者は同番号13乃至16に相当する。)を除くその余については、主張する各誤認金額は原判決認定の各騙取金額に対比しいずれも極く一部分にすぎず、右各誤認が仮に認められたとしても、それは判決に影響を及ぼすものではないことが明らかであるから、右各部分につき事実誤認の有無を検討するまでもなく、論旨は理由がない。

3  そこで、別表第二の一覧表(二)(四)の各番号1に関連する別表第一の(二)番号1乃至16の患者分につき、関係証拠を総合して検討するに、いずれについても弁護人の非難はあたらないうえその主張を裏付ける証拠もなく、かつ原判決の事実認定に誤りがあるとは認められない。すなわち、

(一) 遠藤きくについて(別表第一の(二)の番号1、以下同じ。)

カルテのページの途中で指示の記載があるということは全量施行を意味し、もし水増ならば指示簿も混合薬の最初に記載することはあり得ないとの所論は、なんら合理的根拠を見い出せない。三和病院のカルテ一ページには五日分の処方等が記載されることになっているところ、その中間の日に、指示の事実がなく、従ってその薬品についての記載がないところに、後日薬品名・使用量を記載することによって水増請求する場合には、カルテの途中で指示の記載がされることになるので、所論の根拠付けとはならない。

(二) 岡部喜久代について(番号2)

所論は、二月一五日が水増しなら二月一六日はdo(ドイツ語のdetto=同前の略)になっているはずであるのに、改めて記載があるのは全量施行したことを意味する、というのであるが、三和病院におけるカルテ・指示簿の記載の通例として、新しいページの冒頭になる日の処置等については、前日と同じ処置等の指示であってもdoとは記載せず、改めて記載をしており、岡部の二月一六日は新しいページの冒頭に来る日であるから、そこに抗生物質薬品名・使用グラム数の記載があることをもって全量施行の根拠とすることはできないうえ、カルテの抗生物質薬品名が被告人の字であることは被告人自身が原審公判廷で認め、指示簿の抗生物質薬品名が渡辺幸恵の字であることも同人が原審公判廷で認めているところであり、いずれについても使用量に改ざんは認められないから、全量水増として処理した原判決に誤りはない。

(三) 大山スズについて(番号3)

セフアメジンについて、所論はカルテの原本を見ると使用グラム数が1から4へ改ざんの跡があるというのであるが、なるほど原本にあたってみると、4の数字を構成する線の濃淡が一様でないようにも見えるが、改ざんが顕著であるとまでは認められないこと、指示簿に改ざんの跡はないこと、渡辺幸恵が指示簿に記載されているセフアメジン四グラムと記載されている字は自分の字であると供述していることを総合すると、全量水増とした原判決の処理が誤っているとは認められない。

セフォビットについては、前記三の弁護人の主張(ホ)に対して判断したとおり、誤記を前提として原判決を非難するにすぎず、かつまた、検察官において、すでに原審で被告人の不突合メモにおける一部水増の主張を認めて、全量水増の主張を撤回し、八グラム減量して水増量を四グラムとし、原判決もこれを認容しているところ、関係証拠に照らし、それ以上全量施行とまで認むべき事由は認められない。

(四) 桑田トミヨについて(番号4)

所論は、「カルテをみて、指示簿に記載するので、指示簿を消して記載することはあり得ないから、全量施行としなければならないとするところ、カルテ・指示簿の二月一一日、一六日欄をみると、いずれも明らかに元の抗生物質薬品名及び使用量を一旦消したうえ、改めてセフアメジン四グラムと記載していることが認められ、全量施行の場合にはこのような操作を行うことはあり得ず、使用量だけの改ざんの形跡もないので、全量水増として処理した原判決に誤りはない。

(五) 今野ヤス(番号5)、横田甚作(番号10)について

前記四の1で判示したとおり、いずれも失当といわざるを得ない。

(六) 茶木フジについて(番号6)

所論は、カルテは被告人の字ではなく、指示簿も渡辺幸恵の記載ではなく全量施行である、と主張するところ、右主張を裏付ける証拠はなく、渡辺幸恵は、二月一一日の抗生物質薬品名は、カルテは被告人の字、指示簿は自分の字と供述しているうえ、カルテには元の抗生物質薬品名・使用量を抹消し、その上にエポセリン四グラムと記載し、指示簿にはシスコリン一〇ミリを消して、その横にエポセリン四グラムと記載されていることがそれぞれ認められ、右4の場合と同様、エポセリン四グラム全量施行の場合にはこのような書き換えを行うことはあり得ず、使用量だけの改ざんの形跡もないのでエポセリン四グラム全量水増とした原判決に誤りはない。

(七) 長久保仲吉(番号7)、堀内路く(番号8)、渡辺とり(番号12)について

所論は、これらについて、いずれも全量施行を主張して全量水増とした原判決には事実誤認がある、というのであるが、被告人自身は不突合メモでいずれも一部水増を主張し全量施行までは主張していないうえ、渡辺幸恵は、カルテの抗生物質薬品名は被告人の字で、指示簿のそれは渡辺幸恵の字であると供述し、使用グラム数を表わす数字については指示簿に改ざんの跡はなく、カルテについて改ざんが顕著であるとまでは認められないことを総合すると、全量水増として処理した原判決に誤りがあるとは認められない。

(八) 矢作ハルコについて(番号9)

所論は、「渡辺幸恵はカルテの薬品名の字は誰れの字がわからないと供述しており、全量水増の根拠はなく、全量施行である」と主張するのであるが、全量水増であることは、原審公判廷で被告人自身が認める供述をしており、使用グラム数に改ざんの跡はなく、渡辺幸恵も指示簿の抗生物質薬品名の字は自分の字で全量水増と思うと述べていることを総合すると、全量水増として処理した原判決に誤りは認められない。

(九) 横元甚太郎について(番号11)

所論は、全量施行を主張するものであるが、渡辺幸恵はカルテに記載された抗生物質薬品名が誰れの筆跡であるか判断しかねるが、指示簿に記載された抗生物質薬品名は自分の字であるので全量水増と思うと供述し、カルテ・指示簿のセフォビットの記載にはいずれも使用グラム数の改ざんの跡はないことをあわせ考えると、全量水増として処理した原判決に誤りは認められない。

(一〇) 下山喜について(番号13)

前記二の1(二)で判示したとおり、原判決で減縮認定済みであり、弁護人の主張は失当である。

(一一) 鈴木マサについて(番号14)

所論は「二月一日のエポセリン四グラムが水増であれば、二月三日の記載はdoでよいところ、カルテには再度記載されているから、全量施行である」と主張するが、カルテを見ると二月二日は患者が外泊しているので、二月三日にはdoではなく、改めて指示された処置等を記載することになるので、二月三日の記載がdoになっていないことをもって全量施行の根拠とすることはできない。そして、渡辺幸恵は、抗生物質薬品名につき、カルテについては被告人の字、指示簿については渡辺の字であると供述していること、カルテ・指示簿のいずれについても使用グラム数の改ざんの跡はないことを総合すると、全量水増として処理した原判決に誤りがあるとは認められない。

(一二) 高田愛子について(番号15)

所論は、セフォビットについて全量施行を主張するが、これを裏付ける証拠はなく、検察官において、すでに原審で被告人の不突合メモにおける一部水増の主張を認めて全量水増の主張を改め、八グラム減量済みであり、カルテ・指示簿・渡辺幸恵供述等関係証拠を総合し、前記三の弁護人の主張(チ)に対し判断したところをあわせ考えると、右措置以上に全量施行と認むべき事由は認められない。

セフアメジンについて、所論は指示簿をみても、それが渡辺幸恵の字であるとはみえないから全量施行であると主張するが、同人は、検察官に対する昭和六〇年三月二〇日付供述調書(指示簿による水増抗生物質表添付)において、右セフアメジンは同人の字であることを自認し、全量水増と判断されるものとして水増抗生物質表に掲記していること、指示簿に使用グラム数の改ざんはなく、カルテにおける使用グラム数に顕著な改ざんまでは認められないことを総合すると、全量水増として処理した原判決に誤りは認められない。

(一三) 松島とみについて(番号16)

所論は、エポセリン及びセフォビットにつき、いずれも全量施行を主張するが、渡辺幸恵は、前記検察官に対する供述調書で、指示簿に記載された薬品名は自分の字であるので全量水増と判断されるとし、カルテ・指示簿のエポセリン及びセフォビットの使用グラム数について改ざんの跡はないことをあわせ考えると、エポセリン及びセフォビットにつき全量水増として処理した原判決に誤りは認められない。

第三弁護人佐藤博史の控訴趣意中量刑不当の主張について

所論は、要するに、原判決の量刑は重過ぎて不当である、というのである。

そこで、記録を調査し、当審における事実取調べの結果をあわせて検討するに、本件は、病院を開設し、経営と診療にあたっていた被告人が、1顧問税理士の大濱美代志及び薬品納入業者の長崎雅彦と共謀のうえ、昭和五六年、五七年分の所得税に関し、実際総所得金額が合計約一一億二七四二万円であったのにかかわらず、これを合計約六億三二八五万円である旨虚偽の所得税確定申告書を提出して法定納期限を徒過させ、合計約三億七〇九二万円の所得税を免れ、2昭和五八年の三月から九月にかけての約七か月間にわたり、診療報酬の不正請求を行い、医療保険支払機関から診療報酬の支払名下に約三億四五〇〇万円を騙取した事案であって、原判決が量刑の事情として判示しているところは、正当としてこれを肯認することができる。すなわち、本件脱税及び診療報酬の不正受給は、いずれも長年にわたり計画的・継続的に敢行して来た所為の一環として行われたものであること、各犯行の動機に特に斟酌すべきものはないこと、脱税額及び騙取額がいずれも厖大な額にのぼること、所得税法違反は、ほ脱率が昭和五六年分が四二パーセント、同五七年分が五三パーセントを上回っていること、被告人は三和病院を開設して間もない昭和三八年ころから接待交際費の架空計上を行うなどして来たが、同四七年末ころには更正処分を、同五五年秋には税務調査を受けながら、その都度虚偽の申立・言訳けをするなどして効果を挙げたことから、その後も脱税を続け、年毎に増大したことにともない脱税額をも拡大して来て本件の大型脱税事犯に至ったもので、被告人のほ脱意思は強固かつ経常的なものであったこと、脱税の手段・方法は、医薬品の売上除外・リベート収入の除外・架空の医薬品仕入計上・架空の接待交際費の計上等多岐にわたること、顧問税理士と年度の途中において年間の所得を予測しつつ、あらかじめ申告所得額をどの位にするか、利益調整方法をどうするかなどについて具体的に協議し、これに基づいた経理処理をし、公給領収証を買い集め、架空仕入に関する請求書・領収証等証憑書類を入手し、それにそうよう帳簿を整え、税務調査に備えるなど顧問税理士の専門的知識と助言を最大限に活用し、綿密な計算・計画に基づき、かつ巧妙な仮装・隠ぺい工作を施しつつ実行されたもので、犯情甚だ悪質であること、診療報酬の不正受給は、被告人の経営する病院が老人専門病院であるところから、診療報酬の水増請求を行っても治療内容が確認できず不正が発覚しないものと考えて本件犯行に及んだもので、その手段・方法も薬価の高い抗生物質を水増しすることとし、自らカルテの処置欄に全く使用していない抗生物質薬品を使用したかのように書き込み、あるいは実際に使用したものとして記入済みの抗生物質薬品の使用グラム数字を1から4、2から3などへ改ざんして、これに基づきレセプト等を作成させて水増請求をするとともに、犯行を隠ぺいするため愛人に指示して指示簿にカルテの改ざんに対応する改ざんをもさせていたもので、本件詐欺の犯行も計画的・巧妙で犯情甚だ悪質であること、医療保険制度が医師の職業倫理の遵守を基盤として成立しているものであることからして、医師としての倫理を忘れ利益追求欲を優先させた被告人の本件診療報酬の不正受給行為に対しては厳しく非難さるべきものがあること、本件で不正受給した金員の相当部分を昭和五八年度分の所得税の納税資金に充当したほか、その余の金員及び脱税によって確保した金員は、三和病院本院の新築移転・分院増築の際に生じた多額の借入金の返済、医師等に対する裏給与に充当されたほか、複数の愛人に対する手当等派手な女性関係に基因する支出、豪奢な生活、海外旅行、内外金融機関への仮名預金、国内・国外における不動産購入等個人資産の形成にも充当されていること、本件脱税事犯については、いまだ重加算税・延滞税の滞納分が一億数千万円残っており、詐欺事犯については被害弁償は全くされていないうえ、被告人の現在の経済状態からみて、早期に被害弁償が完了することは期待し難いことなどを総合すると、被告人の刑事責任には誠に重いものがあるといわざるを得ない。

そうすると、所得税法違反の点につき、共犯者ことに顧問税理士の果した役割には大きなものがあること、被告人が原判決当時までに原判示第一の所得税法違反の対象年分の本税を納入し、原判決後所有していたマンションが公売され、その換価代金中一億六二二三万円余りが重加算税・延滞税等の滞納分の一部に充当され、残余の一億数千万円分につき毎月五〇万円宛分割支払中であること、詐欺の騙取金については、自主返還すべく関係当局と交渉中であり、被告人なりに努力していること、被告人が反省の情を示して健康保険医の資格を返上し、本件病院の経営・診療からも離れていること、被告人のこれまでの老人医療における貢献、その他の記録から窺われる被告人のため斟酌すべき事情を充分考慮してみても、被告人を懲役四年及び罰金一億円(換刑処分一日につき二〇万円に換算)に処した原判決の量刑が重過ぎて不当であるとは認められない。

弁護人は(1)本件の主要な動機が、高い税率による重税感あるいは病院の運営資金の捻出にあったこと、(2)所得税法違反については共犯者ら、ことに顧問税理士であった大濱美代志の果した役割の大きさ、共犯者に対する量刑との比較、(3)本件詐欺による騙取額三億四七〇〇万円という数字はいわば見せかけの数字で、被告人の実際の利得はその一〇分の一以下の約三〇〇〇万円にすぎないこと、(4)同種事犯の量刑との比較等を考慮すれば、被告人の量刑はもっと軽減されるべきである、と主張する。

しかしながら、(1)重税感から高額の税金を免れたいとの気持が生じたからといってそれをもって脱税した責任を軽減させるべき理由とすることはできない。また、脱税の動機として、個人的利欲のみではなく、病院の借入金返済や運営資金捻出のためなるべく手元に多くの金を確保しておきたいとの意図があったことはそれなりに斟酌すべきであるが、事業の拡張・運営は正当な手段・方法によって得られる収入を基盤として行われるべきであって、脱税や不正受給によって得る金員をあてにして病院を拡張し、借金を増大させたり、運営に多額の費用を要する状態を作り出した点にそもそも問題があったこと、法人化して節税する方法があることを教示されていたにもかかわらず、法人化すると自己の自由にできる金が少なくなるとして法人化を避けて来た経過があり、高額な個人収入の確保・維持にも強い欲求があったことが窺えること、前記脱税による金員の使途をもあわせ考えると、全く利己的な動機による場合よりは、情状として酌むべきものがあるが、所論が挙げる動機のみを過大に評価することは相当でない。(2)本件脱税にあたっては共犯者らの積極的な協力があったこと、ことに顧問税理士として専門的立場から本件に深く関与した共犯者大濱美代志の責任には大きいものがあったといわざるを得ないが、本件脱税の主体は被告人であり、共犯者らは被告人の税負担の軽減・脱税の規模等についての意向にそうよう協力援助した関係にあること、被告人自身も積極的に脱税行為に従事していること、本件脱税による利得は被告人に帰属し、共犯者らが報酬として受領した金員に比較し、被告人が取得した利益は甚だ大きいことを総合すると、被告人の刑事責任には共犯者のそれよりも可成り重いものがあるうえ、被告人には本件所得税法違反のほか原判示第二の被害額三億四五〇〇万円余にのぼる詐欺事犯があり、この事犯だけでも相当重い刑は免れ難く、原判示第一、第二の罪に対する被告人の原判決の量刑が共犯者らの刑と比較して重過ぎて不当であるとは認められない。(3)被告人は、本件詐欺により現実に三億四五〇〇万円余の大金を不法に取得し、東京都国民健康保険団体連合会等各医療保険の診療報酬支払機関に対し、最終的には保険料を負担している多数の被保険者に対し、右同額の莫大な損害を与えているのである。被告人は右騙取金員について従来通りの方法で脱税する意図であったところ、昭和五八年九月東京国税局査察官による強制調査を受けたため、同年分の所得については脱税することができなくなり、多額の所得税を納付せざるを得なくなって、騙取金の相当部分をこれにあてた結果、手元に残った金が非常に少なくなったという点は認められるが、右は騙取金の使途という点で考慮すべきものであって、犯罪自体としては三億四五〇〇万円余の詐欺事犯として評価すべきものであるから、本件詐欺による騙取額は見せかけの数字にすぎないとする弁護人の主張は採用できないし、原判決も騙取額の相当部分が結果的に利得とならなかった点はすでに斟酌済みである。(4)同種事犯に対する裁判例は類型的な犯罪について一般的・抽象的な量刑基準を形成するものであることからして、量刑の判断にあたっては当然これを考慮に入れつつも、証拠によってその有無を判断すべき当該事件自体及び犯人に関する個別的・具体的事情を中心として検討すべきであって、これにより量刑された刑が裁判例と異なるからといって、量刑不当とはいえない。そして、これまで検討して来た犯行の動機、犯意の強弱、犯行の累行性・継続性、犯行の手段・方法、脱税額・ほ脱率、不正受給額・取得した金員の使途、被告人の行為の積極性の程度、共犯者らとの関係、犯行後の納税状況、不正受給金の返還状況その他の量刑事情を総合すると、所論が挙げる裁判例を考慮に入れてみても前記結論を覆すのを相当とする事情は認められない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 朝岡智幸 裁判官 小田健司 裁判長裁判官海老原震一は退官につき署名押印できない。裁判官 朝岡智幸)

事実誤認の主張一覧表

(一) 本院分

被害者名

都国保……東京都国民健康保険団体連合会

県国保……神奈川県国民健康保険団体連合会

都社保……東京都社会保険診療報酬支払基金

県社保……神奈川県国民健康保険団体連合会

<省略>

注 金額は、単価にグラム数をかけたものにつき五捨六入計算

(二) 分院分

<省略>

<省略>

原判決認定の騙取金額と当審弁護人の事実誤認主張額の関係

<省略>

<省略>

昭和六二年(う)第四四八号

控訴趣意書

被告人 八木昭二

右の者に対する所得税法違反、詐欺被告事件につき、弁護人佐藤博史の控訴趣意は、左記のとおりである。

昭和六二年七月一日

弁護人 佐藤博史

東京高等裁判所第一刑事部 御中

第一、原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある(刑訴法三八二条)。

一、所得税法違反

原判決は、被告人に対する所得税法違反について、検察官の主張どおりの事実を認定したが、弁護人が原審でも主張したように、以下の点において、検察官の主張は誤つており、従つて、原判決の事実認定も誤つているといわざるをえない。

1.接待交際費について

原判決は、昭和五六年分、同五七年分の各接待交際費は、いずれも年間一〇〇〇万円以内である旨の被告人の捜査段階の最終的供述は信用できるとして、実際の支出は年間一〇〇〇万円を上回る旨の弁護人の主張は理由がないと判示した(一二丁表~一五丁表)。

しかしながら、被告人のありのままの記憶によれば、昭和五六年分、同五七年分のいずれについても、月額二〇〇万円ないし四〇〇万円、年間合計二四〇〇万円ないし四八〇〇万円程度の接待交際費を費消したというのである(被告人12八裏~一〇裏<被告人の原審一二回公判における供述調書八丁裏ないし一〇丁裏の意。以下、同様に略記する>、被告人3三表裏、同六表裏。なお、原判決は被告人の公判廷供述として、月額三五〇万円ないし四〇〇万円という被告人の原審第三回公判における供述のみを引くが<一二丁裏>、これは正確ではない)。

たしかに、原判決も判示するように、被告人は本件捜査段階において最終的には接待交際費は昭和五六年分、同五七年分とも一〇〇〇万円以内である旨供述してはいるが<なお、原判決は、医師に対する接待交際費として昭和五六年分で六〇〇万円、同五七年分で七百数十万円である旨の被告人の昭和六〇年二月一一日付供述調書の供述のみを引用しているが<一四丁裏>、これも正確ではないのであつて、被告人は、そのほかの医師および医療機械屋などに対する接待費があり、結局、接待費の合計は昭和五六年分で八五〇万円程度、同五七年分で九七〇万円程度と最終的に供述しているのである<昭和六〇年二月一四日付供述調書六項>。検察官も、原審で、被告人のかかる供述を「最終的供述」として信用性があると論じられた<論告要旨一〇~一一頁>)、それがいわゆる理詰めの尋問であることは明らかである。

弁護人は、いま証拠たる本件各領収書に基づいてどれが実際の接待交際費であるかを具体的に指摘できないが、年間の接待交際費は一〇〇〇万円を間違いなく越えているという被告人の原審公判廷供述にはそれなりの根拠があるのだということをあらためて主張しておきたいと考える。

なお、原審で主張しなかつたが、本件接待交際費に関する検察官の主張の根拠になつたと思われる東京地検特捜部検事坂井靖作成の昭和六〇年二月一八日付捜査報告書の立論には重大な疑問があることを指摘しておかなくてはならない(原判決は右報告書を証拠の標目に掲げている)。

すなわち、右報告書によれば、本件「飲食店関係等の計上金額」のうち認容し得るものは、昭和五六年分で四四〇万四七九一円、同五七年分で八六六万五四一三円とされ、その結果、各年分につき一〇〇〇万円の接待交際費が認容されたことが分かるが、しかし、右報告書によつても、接待交際費として公表計上された金額にはそのほかに「飲食店関係等以外の計上金額」があつたことが明らかで、それは昭和五六年分で四二七万六一六四円、同五七年分で八五二万八七〇八円あるというのである。

ところが、この「飲食店関係等以外の計上金額」は検察官によつても否認されていないから(そもそもこの点は本件捜査の対象となつていないように思われる)、原判決がいうように被告人の捜査段階での最終的供述たる昭和六〇年四月一四日付供述調書で供述内容(すなわち、昭和五六年分で八五〇万円程度、同五七年分で九七〇万円程度)が信用できるとしても、認容すべき接待交際費は、これに「飲食店関係等以外の計上金額」を加算したものでなくてはならないはずであつて、結局、昭和五六年分で一二七七万六一六四円(程度)、同五七年分で一八二二万八七〇八円(程度)ということになる。

いずれにしても、接待交際費として認容されるべき金額が、昭和五六年分、同五七年分のいずれもが年間一〇〇〇万円以下ということはないのである(なお、この点について、控訴審において、さらに立証する予定である)。

2.エーダイ薬品以外の薬品問屋リベートについて

原判決は、エーダイ薬品以外の薬品問屋(すなわち、杏林薬品、スズケン東京支店、同神奈川支店、森下製薬東京営業所である)からのリベート(すなわち、昭和五六年分合計二二一万三七五二円、昭和五七年分合計五二三万六二五三円である)のうち、薬品問屋が被告人を実際に接待するかわりに、被告人が飲食した場合に、薬品問屋宛の領収書をもらつて被告人が代金を支払つておいて後日これに見合う金額を薬品問屋から受け取つたものについても、被告人の雑収入に該当すると認定し、この点を収入除外とみるべきではない旨の弁護人の主張は理由がないと判示した(一五丁表ないし一六丁表)。

しかしながら、エーダイ薬品以外の薬品問屋からのリベートのうちで、薬品問屋が被告人に実際に接待するかわりに、被告人が飲食した場合に、薬品問屋宛の領収書をもらつて被告人が代金を支払つておいて後日これに見合う金額を薬品問屋から受け取つたものは、いわば被告人が一時的に立替えた飲食代金を後日精算してもらつただけのものであつて、被告人が実際に受けた利益は飲食の提供でしかないことになる。

前記各薬品問屋は本件で問題とされたリベートを全て接待交際費として会計処理し、税務当局もこれを認めているものと思われるが、実際に前記各薬品問屋が被告人を接待しておれば本件の如き問題は生じなかつたことは明らかで(現に、検察官は、国税当局がリベートとして雑収入に認定した金額のうち、被告人が実際に接待を受けたものについては、リベートと認定することは困難だとして、これは除外しているのである<東京地検特捜部検事小野拓美作成の昭和六〇年二月一八日付捜査報告書三丁表裏>)、その実態において被告人が単に飲食の提供を受けたにすぎない場合をも収入除外とみることは許されないといわなくてはならない(なお、この点について、控訴審において、さらに立証する予定である)。

3.今村みつ子に対する給料等について

原判決は、今村みつ子に対し同女が病院に勤務していない期間につき支払われていた給料等(すなわち、昭和五六年分で二七四万五四五〇円、昭和五七年分で五九三万〇五二〇円)について、同女が右期間に看護婦募集など病院のための活動を行つていたものとは認められないとして、この期間の給料等全額を否認するのは疑問だとする弁護人の主張は理由がないと判示した(一六丁表裏)。

しかしながら、被告人が原審で供述したように、今村みつ子は看護婦として勤務していないときは看護婦募集の渉外活動などをし、それなりに病院のための仕事をしていたのであつて(被告人12四三表)、原判決の右事実認定は疑問があるといわなくてはならない(なお、この点について、控訴審において、さらに立証する予定である)。

また、原判決は、今村みつ子に対し、前記期間につき給料等が支払われていたのは、「同女が被告人と愛人関係にあり、後記の被告人のカルテ改ざん作業を手伝つていたことなどによるものと認められる」と判示したが(一六丁表裏)、右期間の給料等が、同女がもつぱら愛人関係にあつたためのものというのならともかく(国税当局および検察官の主張は、そのようなものであつた<収税官吏作成の給料賃金調書、冒頭陳述添付のほ脱所得の内訳明細参照>)、カルテ改ざん作業を手伝つたための対価としての性格をも有するとすれば、必要経費として処理されるべきものであつて(カルテ改ざん作業の結果としての詐取金額を収入として認定する以上は、カルテ改ざん作業の対価たる給料等はその必要経費と認定せざるをえないはずである)、結局、原判決の前記判示は、理由齟齬ないし法令解釈の誤りの違法を犯した結果、前記期間の給料等全額を否認するという事実誤認を犯したものというべきである。

二、詐欺

この点については、相弁護人が詳論するとおりである。

第二、原判決の刑の量定は、不当に重い(刑訴法三八一条)。

原判決は、被告人を懲役四年の実刑および罰金一億円に処した。

しかしながら、原判決の右量刑は、懲役六年および罰金一億円二〇〇〇万円という不当に重い検察官の求刑に引きずられたものであつて、以下の諸点を考慮すると、不当に重いといわざるをえない。

一、本件犯行の動機

原判決は、本件犯行の動機について、「被告人は、三和病院(本院)を開設して間もなくの昭和三八年ころの所得から接待交際費の架空計上を行うなどしてきたものであるが、昭和五二年ころから本院および分院を老人医療専門の病院としたうえ、昭和五二年ころからは本院を大田区萩中三丁目二九番五号に新築移転し、昭和五六年には分院を増築するなどした結果年毎に所得が増大していた反面、借入金の額も増大していたところ、多額の借入金の返済などをする必要があつたことに加え派手な女性関係などに基因した支出も多かつたことから多額の税金の支払いを免れたいとの気持ちに駆られ本件犯行に及んだものと認められる。したがつて、脱税の動機として被告人の女性関係の面を過度に強調することは適切ではないとしても、その動機において特に斟酌すべき事情があつたとは認められない」と判示した(二四丁裏~二五丁表)。

原判決の右判示は、原審における検察官の主張を排斥し、本件犯行の動機は、第一に九〇%もの金が税金として取られ何も残らないという重税感、第二に負債の返済など病院の運営資金の捻出にあつた旨の被告人および弁護人の主張を基本的に認めたものということができる(検察官は、原審で、「<1>多数の女性を愛人にもち、同女らに住居を提供し、生活費を与えたり、ハンドバツグ、装身具を買い与えたり、あるいは、飲食店等を経営させるため、<2>自己の多額の生活費、銀座のクラブ等での遊興費等に充てるため、<3>三和病院本院の新築資金や同分院の増築費用資金として約一〇億円を東京産業信用金庫から借入れ、その元利金支払(昭和五七年分の支払利息約七、六〇〇万円)のため等の動機から、本件犯行に及んだものである」<論告要旨二八頁>と正に「被告人の女性関係の面を過度に強調」されたのであつた。この点に対する弁護人の反論は、弁論要旨九丁表~一〇丁裏参照)。

ところが、原判決は、「その動機において特に斟酌すべき事情があつたとは認められない」と判示し、結局、この点を量刑にあたつて特に斟酌しなかつたのである。

しかしながら、今日一般的に認められているといつてもよい重税感あるいは病院の運営資金の捻出が本件犯行の主要な動機だとすれば、検察官が原審で主張された多数の女性関係を維持するためとか、自己の遊興費にあてるためとかという全く利己的な動機による場合よりは、その情状として酌むべきものがあるというべきであつて(原判決は、「老人医療に対する被告人の貢献にもみるべきものがある」<二六丁裏>と判示さえしているのである)、被告人に対する量刑にあたつてそのことは正しく反映させられなくてはならなかつたはずである。

いずれにしても、本件犯行の動機について被告人および弁護人の主張を基本的に認めながら、この点を考慮しなかつた原判決の量刑が不当に重いことは明らかである。

二、共犯者ことに大濱の果した役割

原判決は、本件所得税違反につき、「被告人は、昭和五二年ころから、接待交際費の架空計上に加えて医薬品仕入の架空計上を行つており、昭和五五年分の所得からは、年度の途中で、その一年間の収益の予想を基に、どのくらいの申告所得にするかについて利益調整の打合せを大濱税理士と行うようになり、その後はこの打合せに基づいた経理処理をする一方、裏付けとなる領収書などの収集に奔走していたものであつて、本件も同様の方法で行われており、長期間にわたり計画的に行われてきた脱税の一環とみられ、所得秘匿の内容も、医薬品仕入の架空計上、接待交際費の架空計上、雑収入の除外(医薬品横流しによる売上の除外、薬品問屋からのリベートの除外)など多岐にわたつているのであつて悪質である」と判示した(二五丁表裏)。

たしかに、本件所得税法違反で用いられた所得秘匿の方法は多岐にわたつているが、しかし、その具体的方法は共犯者の長崎雅彦あるいは大濱美代志が被告人に教授したものか少なからずあることを忘れてはならない。

すなわち、長崎は、被告人に対し、エーダイ薬品からの架空仕入の方法、医薬品の横流しを自ら発案して教授したし、大濱は、それ以上に決定的な役割を果したのである。

検察官も、原審で、「(大濱は、)特に昭和五六年分については、架空仕入九、五〇〇万円、架空接待交際費約五、〇〇〇万円、米山弘幸の架空退職金(雑収入除外)約一、八〇〇万円の計上に、同五七年分については、架空仕入約一億八、七〇〇万円、架空接待交際費約七、六〇〇万円の計上に、それぞれ直接関与し、本件犯行の主要部分において積極的、かつ決定的な役割を果したものであることは明らかである」といわれた(論告要旨三八頁)。

実際、大濱は、被告人に領収書をたくさん買つて来るように指示し、国税局の査察があつても金を払えばどうにでもなる旨豪語していたほどであつて、かかる大濱の態度によつて本件脱税が助長されたことは疑う余地がないのである(鷲田操12三表~六裏。ほかに大濱自身の検面調書、田中正司、鷲田、被告人の各検面調書がある)。

いかに多額の収入があつたとしても、納税者の一人にすぎない被告人が税負担の軽いことを望んだとしても、それは非難に値しまい。そして、仮に脱税という違法行為によつて税負担を免れようと思つたとしても、税金についての知識をもたない被告人には、リベートの収入除外や私的な飲食代金を接待交際費として計上するといつた単純な方法しか講じ得なかつたことも明白である(全ての診療を保険診療として行うしかない被告人の場合、収入除外の方法には自ら限度があることも重要であろう)。

つまり、被告人の場合、専門家たる税理士等の協力なしに本件の如き巨額の脱税を行うことはできなかつたわけで、たとえ脱税による税負担の軽減を被告人が言い出したとしても、相談に与つた税理士が正しく対応していさえすれば、本件の如き事態には決して至らなかつたことを看過してはならないのである。

被告人自身、昭和六〇年二月一七日付検面調書(謄本)の四六項で、「しかし、同時に大濱先生も本来は正しい税務申告を指導する立場の税理士ですから、むしろ私の脱税にブレーキをかけてくれていたら、こんななにも大それたことにまではならなかつたのではないかと悔やんでおります」と供述しているが、まさにそのとおりというべきである。

納税者であれば誰でもが抱くであろう欲望を助長させ、その遵法精神を次第に鈍磨させ、遂には被告人をして本件の如き大胆な犯行に導いたのは、間違いなく税理士としての任務を忘れ果てた大濱であつて、それ以外の誰でもない。

昭和五五年の税務調書の際に詐言を弄して被告人から二〇〇〇万円を受領した大濱の行為は、それ自体強い非難に値するが、本件の如き事態に至ることを思い止まり得たいわば最後のチャンスだつたのかもしれないのに、「国税局の査察があつても金でどうにでもなる」という大濱の虚勢を本物であるかのように被告人に信じ込ませ、より大胆に向かわせたという意味において、それは決定的に重要である。〔なお、被告人が大濱を信頼し切つていたことは、被告人は大濱を「女にしては度胸がある」などと言つて感心していた旨の鷲田の検面供述<甲二三号証の四項>、「八木先生は税理士が実力者であるからそういうこと<税務署の調査の意>は心配するなということを私には言つておりました」との長崎の公判廷供述<長崎10二七裏>などからも明らかである。〕

検察官も、原審で、「大濱なくして本件犯行は成り立ち得なかつたと認められる」といわれたが(論告要旨三七頁)、それは大濱の二〇〇〇万円受領という行為をも含めてそうなのである。

しかるに、原判決は、共犯者の長崎はむろんのこと大濱が本件でいかなる役割を果たしたのか、被告人に対する量刑にあたつてその点をどう考慮したのかについて、何らの判示をもしなかつた。

否、むしろ、原判決は、前記のとおり、あたかも被告人が主導的に本件所得税法違反をおこなつてきたかのような判示をし、敢えて大濱らの果たした役割について目を覆つたのである(それは、長崎、大濱に対する検察官の求刑がもともと軽かつたとはいえ、原判決裁判所が、長崎に対し、懲役一〇月執行猶予二年、大濱に対し、懲役一年執行猶予三年という格段に軽い刑を言い渡したことにも現われている)。〔なお、原判決の前記判示に即していえば、被告人が、「昭和五二年ころから、接待交際費の架空計上に加えて医薬品仕入の架空計上を行つ(た)」のは事実ではあるが、接待交際費の架空計上は大濱の、医薬品仕入の架空計上は長崎の、それぞれ積極的な協力があつて初めて可能だつたのであり、また、「昭和五五年分の所得からは、年度の途中で、その一年間の収益の予想を基に、どのくらいの申告所得にするかについて利益調整の打合せを大濱税理士と行うようにな(つた)」のも事実であるが、これももとより大濱が主導的に行つたことであり、「その後」の「この打合せに基づいた経理処理」はやはり大濱の指示によるものであり、「裏付けとなる領収書などの収集に奔走していた」のも事実であるが、前記のとおり、これも大濱の指示によるものであつて、被告人が積極的かつ主導的に行つた行為は、本件所得税違反行為については皆無とさえいいうるのである。〕

本件所得税違反により主要な利益を直接的に得たのはむろん被告人であり(念のためいえば、長崎や大濱も本件犯行により相当の利益を得ているのである)、被告人がそれ相応の非難を受けるのは当然であるが、しかし、共犯者特に大濱の積極的な協力によつて本件犯行が助長された面があることは、被告人に対する量刑にあたつて正しく評価されなくてはならないのであつて、大濱に対する量刑と比較するだけでも、被告人に対する原判決の量刑は不当に重いといわざるをえないのである。

三、本件詐欺の意味

1、原判決は、本件詐欺に関する情状として「被告人は、薬価が高いため高率的に水増ができる抗生物質薬品を対象に診療報酬の不正受給をおこなつたものであり、昭和五八年二月から同年八月までの期間に限つてのものであるにもかかわらず、前記のとおり騙取金額が非常に多額であることをまず指摘しなくてはならない。そして、被告人は、前記のとおり、不正受給の事実の発覚を免れるため自らあるいは愛人に手伝わせるなどしてカルテ、指示簿の改ざんを継続的に行つていたもので、甚だ悪質てあり、医師としてのモラルを忘れ、利得に走つた被告人の本件行為は強く非難されなければならない。(なお、詐欺の各事実についての被害弁償は全くなされていない。)」と判示した(二五丁裏~二六丁表)。

たしかに原判決のいうとおりといわなくてはなるまい。

しかしながら、原審で、被告人が供述したように、本件詐欺による騙取金額を全額弁済した場合には、修正申告を行うことにより三億一千万円余の還付を受けることができるのであつて(被告人12一四裏~一七裏。請願書参照。なお、この点について、控訴審において、さらに立証する予定である)、逆にいえば、本件詐欺によつて騙取された三億四五〇〇万円余の金の大半は所得税として納付され、被告人の手元に残つた利益はわずかに三〇〇〇万円程度にすぎなかつたのである。

実際、本件詐欺を行いながら脱税をしなかつた被告人は、昭和五八年度における納税日本一の医師になつてしまつた(被告人12五二表。被告人の昭和六〇年一月三〇日付検面調書<謄本>の一七項)。

原判決も、「所得税法違反の事実で国税局の査察を受けたため、昭和五八年分の所得については脱税することができなかつたという事情により、納税額が多額となり、結果的には騙取額の相当部分は利得とならなかつたという事情があること」と判断し(二六丁表)、これを認めた(但し、原判決が騙取額の「相当部分」といい、騙取額の「大半」と判示しなかつたことからいえば、原判決は、この点について厳密な事実認定を行つていない可能性もある)。

ところで、ここで確認しておきたいのは、検察官は、原審において、本件詐欺がかかる意味しか持たなかつたことに全く気付かぬまま立証を終え、被告人に対する求刑を行われたことである。

検察官も、原審第一二回公判で前記の如き供述をした被告人に対し、「請願書の件ですが、還付税額三億一六二〇万円となつておりますが、還付に本当になるのかどうかという点についてはあなたのほうから還付請求書をまず出してみないとわからないことじゃないですか」と質問されたが(被告人12五一表参照)、検察官のこの質問は、原審において、検察官が本件詐欺をどのように理解されていたかを何よりも雄弁に物語つている。

もちろん本件詐欺と本件所得税法違反とは時期を異にし、両者は独立した関係にあるが、しかし、本件詐欺は脱税行為を伴わなかつたがために騙取額の大半が所得税として納付される結果になつたことに気付くべきであつたのに、その時期の被告人の納税額が捜査の対象とならなかつたためか、検察官は、これに気付かぬまま、本件所得税法違反によるほ脱額と本件詐欺による騙取額を単純に並置し、両者がともに三億円を越すことを指摘して、本件詐欺の重大性を声高に論じられたのである(検察官は、被告人に対する悪しき情状として、「本件所得税法違反事件の調査後も、大胆にも、本件診療報酬詐欺事件を続行していたこと」を指摘されたが<論告要旨三六頁>、たしかにそのとおりだとしても、その反面、脱税をなし得なかつた被告人が本件詐欺によつて実際に利得した金額に検察官は思い至られるべきであつた。なお、検察官は、再論告要旨で、この点について初めて言及されたが、それは、弁護人の主張を取り違えた的外れというほかないものであつた)。

いずれにしても、本件詐欺による騙取額三億四七〇〇万円という数字はいわば見せかけの数字で、被告人の実際の利得はその一〇分の一以下の約三〇〇〇万円にすぎなかつたのであり、(つまり、本件詐欺を単純に「三億円を越える多額の金員を騙取した、悪質重大な事犯」<論告要旨三二頁>とみることは根本的に誤つているのである)、原判決も基本的にこれを認めたにもかかわらず、しかし、その量刑は、検察官の誤つた求刑を正すものでは到底なかつたのである。

2、ところで、原判決は、本件詐欺と本件所得税法違反との罪質について、何ら判示しなかつたが、検察官は、原審で、本件詐欺を「純粋な財産犯として見ても」(論告要旨三二頁)といわれ、本件詐欺を本件所得税法違反とは罪質を異にする犯罪としてとらえておられることを明らかにされた。

しかしながら、租税ほ脱犯は国家に対する詐欺であるという理解があり、いわゆる脱税請負人に関する事案で、原判決裁判所が検察官の主張した主位的訴因たる詐欺罪の訴因を排斥して予備的訴因たる相続税法違反の罪の成立を認めたように(昭和六一年三月一九日判決判時一二〇六・一三〇・昭和六一年四月一五日判決判時一二〇七・一三七)実際にもほ脱犯と詐欺罪の犯行態様が近接する場面があるのである。

右脱税請負人に関する事案で、原判決裁判所は、単に虚偽の相続税申告書を提出して相続税を免れるのではなく、相続税の減額更生を求めるために税務署員に虚偽の事実を申し向けるという典型的な詐欺行為とみうるものであつても、それは相続税法違反の罪にあたるとしたが、翻つて、被告人の本件詐欺の行為態様がいかなるものであつたのかといえば、要するに水増しした虚偽の診療報酬明細書と診療報酬請求書を各支払機関に提出したというものにすぎなかつたのである。それは本件所得税法違反行為ときわめて酷似している。

要するに、国民健康保険法などに診療報酬の水増請求行為に対する罰則が定められていないために、一般法たる刑法を適用して詐欺罪としてこれを処罰するしかないのであるが、しかし、診療請求の水増請求が、言葉巧みに詐言を弄して人を錯誤に陥れ財物を騙取するという典型的な詐欺とは著しくその態様を異にし、その罪質もまた異なることに注意しなくてはならないのである(その証左というべきであろう、検察官は、原審で、本件詐欺について被害弁償がなされているか否かについて全く関心を払われなかつたのである。現に、検察官の論告にもこの点についての言及は全くなされていない)。

いずれにしても、検察官の本件詐欺を本件所得税法違反とはその罪質を全く異にする純粋な財産犯としてとらえるべきだとする見解は根本的に誤つているのであつて、原判決が、検察官と同様、本件詐欺を本件所得税法違反と罪質を全く異にする犯罪として理解しているとすれば(原判決裁判所の被告人に対する量刑が共犯者長崎、大濱に対する量刑に比較して格段に重いことからすれば、その可能性も十分ある)、やはり誤りといわなくてはならない)。

四、同種事案の量刑との比較

さらに、原判決の被告人に対する量刑は、従来の量刑基準から明らかに掛け離れたものである。

例えば、先にみたいわゆる納税請負人に関する事件では、第一の事件(相続人本人の事件)は、主位的訴因は相続税法違反、詐欺未遂、所得税法違反の三つで(本件と同様、検察官の主張では、詐欺とほ脱犯の事件だつたことに注意する必要がある)、ほ脱額合計二億四五〇〇万円余、ほ脱率九七%ないし一〇〇%だつたが、判決は、懲役一年六月三年間執行猶予、罰金三五〇〇万円(求刑は懲役一年六月および罰金五〇〇〇万円)、第二の事件(納税請負人の事件)は、主位的訴因は相続税法違反、詐欺、所得税法違反の三つで(やはり本件と同様、検察官の主張では、詐欺とほ脱犯の事件だつたことに注意する必要がある)、ほ脱額合計三億八八八八万円、ほ脱率約六九%ないし一〇〇%だつたが、判決は、懲役二年六月(求刑は懲役三年六月)にすぎなかつたのである。

また、鶴田六郎検事の「脱税事犯の最近の実態と傾向」法律のひろば三五巻六号四頁以下には、昭和五五年以降実刑に処せられたほ脱犯の事例が報告されているが、裁判所、判決日、

職業、ほ脱額、ほ脱率、量刑の順に摘記してみると次のとおりとなる。

<1>東京地判昭五五・三・一〇、トルコ風呂経営者、四億八九〇〇万円、九九・六%、懲役一年六月(判事九九・一三。東京高判昭五七・一・二七で懲役一年二月に減刑)

<2>東京地判昭五五・三・二六、トルコ風呂経営者、二億四九〇〇万円、九四%、懲役一年六月(東京高判昭五七・四・二一で懲役一年に減刑)

<3>東京地判昭五五・五・二八、時計喫煙具販売業者、五〇〇〇万円、一〇〇%、懲役一年(但し、同種前科あり執行猶予中、東京高判昭五六・七・一三で懲役八月に減刑)

<4>東京地判昭五五・一〇・三〇、建材販売業者、一億七〇〇〇万円、一〇〇%、懲役一年罰金四〇〇〇万円(東京高判昭五六・九・二五で懲役一年五年間執行猶予罰金四〇〇〇万円に減刑)

<5>東京地判昭五六・三・一九、遊戯場飲食店経営者、七四〇〇万円、三五%、懲役一〇月罰金二五〇〇万円(但し、同種前科あり)

<6>横浜地判昭五六・八・七、ヌード劇場経営者兼貸金業者、三七六七万円、九九・七%、懲役八月罰金一二〇〇万円

<7>東京地判昭五六・九・二四、キャバレー大衆酒場経営者兼トルコ風呂経営者、二億八七〇〇万円、七〇%、懲役一年六月罰金五〇〇〇万円

<8>東京地判昭五六・一二・一八、整形外科医、三億二四九〇万円、九九%、懲役一年六月罰金五〇〇〇万円(判タ四六四・一八〇。なお、東京高判昭五七・一一・一〇により控訴棄却-判時一〇八三・一五二)さらに判時一一〇四・一五九、判時一一七〇・一六〇の各コメントなどによれば、ほかに次のようなものがある(一部ほ脱率不明)。

<9>東京地判昭五七・三・一九、会社経営者、七四〇〇万円、三五%、懲役一〇月罰金二五〇〇万円

<10>東京地判昭五七・四・二六、サラ金業者、三億一九〇〇万円、懲役一年六月罰金五〇〇〇万円

<11>大阪地判昭五七・八・五、建設業者、合計六三〇〇万円、合計懲役八月(但し、執行猶予中)

<12>東京地判昭五七・一〇・二〇、司法書士、三億四〇〇万円、懲役一年六月罰金七〇〇〇万円

<13>東京地判昭五八・二・二八、不動産売買仲介業者、一億三八〇〇万円、五〇%、懲役一年(但し、執行猶予中。判時一〇九〇・一八三)

<14>大阪地判昭五八・六・二四、工業団地共同組合、一億五二〇〇万円、懲役六月罰金二〇〇〇万円

<15>京都地判昭五八・八・三、サラ金業者、一四億三〇〇〇万円、九八・五%、懲役二年罰金二億五〇〇〇万円(判時一一〇四・一五九)

<16>東京地判昭五八・一二・一四、店舗リース業者、八九〇〇万円、懲役六月罰金四〇〇万円(但し、執行猶予中)

<17>東京地判昭五九・一・二七、キャバレー経営者、二億四六〇〇万円、懲役一年二月及び懲役四月(但し、執行猶予中)

<18>札幌地判昭六〇・九・六、パチンコ店経営者、七八五〇万円、平均七三%、懲役一年(判時一一七〇・一六〇)

<19>大阪高判昭六一・一・二九、医師、六億六〇〇〇万円、七五ないし八六%、懲役一年二月罰金一億円(判タ五九九・七四。なお、原審たる大阪地判昭六〇・三・一八の量刑は懲役一年六月罰金一億三〇〇〇万円)

そして、ごく最近では、<20>いわゆる平和相互銀行事件に関連した暴力団組長高坂貞夫に対する所得税法違反事件(ほ脱額四億七八〇〇万円、ほ脱率一〇〇%)で、原判決裁判所は、右同人を昭和六一年一一月一一日懲役二年四月罰金一億二〇〇〇万円に処し(求刑は懲役二年六月罰金一億五〇〇〇万円)、貴裁判所は、先ごろ、その控訴を棄却された。

さらに、昭和六一年一二月一三日の各紙の新聞報道によれば、不正行為をした医師に対する行政処分を審議する厚生大臣の諮問機関である医道審議会は、大阪の藪本英雄医師(六〇)に対し、同月一二日医師免許取消処分にすることを決めたが、同医師は三年間で六億五〇〇〇万円余という審議会対象事犯では過去の最高の脱税を行い、懲役二年執行猶予五年の確定判決を受けたという(<21>)(なお、以上の同種事案の量刑につき、控訴審で立証する予定である)。

鶴田検事は、前記論文で、「所得税脱税事件の半数以上が脱税率九〇%を越えており、その約四分の三は八〇%を超えている)。そして、脱税率五〇%以下の事件は極めて少ない」(ひろば三五・六・一三)と記されたが、本件は、驚くなかれ、その極めて少ないほ脱率五〇%以下の事件なのである。

ところが、検察官は、原審で、「本件犯行による所得税のほ脱額・ほ脱率をみると、ほ脱額は、昭和五六年分及び同五七年分の二年分合計で三七〇、九二三、〇〇〇円にのぼつており、所得税法違反事件としては際立つて高額というべきであり、最近では、パチンコ店経営者以外の者にかかる事件においてかかる高額の事例は極めて稀であるばかりか、個人病院経営者の脱税事件としては最も高額な脱税事件である。なお、本件ほ脱率は四九・四パーセントとなつているが、これは、正規の税額が高額であることに照らせば、相当の高率であるというべきであり、かかる数値だけをみても、本件によつていかに重大な結果が発生したかを窺い知ることができ、被告人らの刑事は重いといわなければならない」といわれた(論告要旨二六~二七頁)。

しかし、検察官のかかる論述が正しくないことは、既にみた多くの事例に照らしても明白である(検察官は、「個人病院経営者の脱税事件としては最も高額な脱税事件である」といわれたが、前記<19><21>の各事例をみてもこれは明らかに誤つているのである)。

しかるに、原判決は、検察官のかかる誤つた認識に立つた求刑を正さなかつたばかりか、「ほ脱税額は右のとおり非常に多額であり、ほ脱率も昭和五六年分は四〇パーセントを、同五七年分は五〇パーセントをそれぞれ上回つているのであつて、事業内容等からみて高率であるといわざるをえない」<二四丁裏>などと判示して、所得税法違法のほかに詐欺の事実があつたとはいえ(但し、本件詐欺をことさら重くみるべきでないことは先に見たとおりである)、被告人を懲役四年罰金一億円に処したである。

被告人に対する原判決の量刑が、脱税事犯に対するものとして最も重いものであることは既に明らかであるが、本件が従来例を全く見ない程に巨額かつ悪質な脱税事犯だというのならともかく、決してそうではないのだから、原判決の量刑は検察官の誤つた求刑に引きずられたものというほかはない。(既に明らかなように、被告人のほ脱額を越えるものとして、<1>、<15>、<19>、<20>、<21>の各事例があり<ことに、一四億三〇〇〇万円という巨額な<15>の事例、医師による六億六〇〇〇万円の<19>の事例、同じく六億五〇〇〇万円の<21>の事例は重要である。また、同じ医師による三億二四九〇万円の<8>の事例も大いに参考になろう>、ほ脱率についてみれば、わずかに<5>のみが本件を下回つているにすぎない<なお、前記各事例の中には被告人が証拠隠滅行為を図り公判廷でも徹底的に否認した事例も散見されることも指摘しておく必要があろう>)。

要するに、被告人が別に本件詐欺に問われていることを考慮にいれても、被告人に対する懲役四年の実刑、罰金一億円という原判決の量刑は従来の量刑基準から明らかに掛け離れた異常に重いものなのである。

五、その他の情状、ことに被害弁償の努力

原判決は、そのほかに被告人に有利な情状として、「財産を処分するなどして判示所得税違反の対象年度分の本税を納付し、未納となつている重加算税、延滞税についても分割納付を予定していること、……、被告人は、…大要において事実を認め、これまでの生活態度を含めて反省していると認められること、そして、健康保険医の資格を返上し、本院及び分院について被告人はその経営、診療に従事していないこと、老人医療に対する被告人の貢献にもみるべきものがあること、前科としては道路交通法違反の罪による罰金計の前科が一犯あるのみであること」が認められると判示した(二六丁表裏)。

この点は、弁護人が原審の弁論で主張したところに添うものであつて、弁護人としてもむろん異論はない(但し、被告人が厳しすぎたともいえる社会的制裁を既に受け、医師としての生きる道を自ら断つて齢六十の身で文字どおり第一歩からやり直そうとしていることについて、いま一層の理解が示されるべきではあつた。)

そして、原判決には間に合わなかつたが、被告人は、現在、本件詐欺の被害弁償に必要な金を捻出すべく懸命に努力している最中であり(被告人12一七表~一八裏参照)、貴裁判所による判決までには何としても本件詐欺の被害弁償を終えたいと考えている(なお、この点について、控訴審において、さらに立証する予定である)。

原判決は、「詐欺の各事実についての被害弁償は全くなされていない」と判示したが(二六丁表)、被告人において本件詐欺の被害弁償をなしえたとすれば、そのことだけによつても原判決の量刑は改められる必要があることになる。

以上

所得税法違反等被告人控訴事件

被告人 八木昭二

控訴趣意書

右の者に対する所得税法違反等被告控訴事件につき、弁護人長谷川幸雄の控訴趣意は左記のとおりである。

昭和六二年七月一日

右弁護人 長谷川幸雄

東京高等裁判所第一刑事部 御中

一、詐欺(水増請求)について

(1) 検察官の基本的パターン

当弁護人らは、詐欺金額につき重大な疑問を持っている。すなわち、水増請求はもつと減額さるべきである。当弁護人らは、受任後、とりあえず、検察官作成の昭和六一年九月一日付「抗生物質水増量検討メモ」(以下検討メモという)を検討した。

検察官の検討メモにおける水増認定の基本的パターンは次のとおりである。

(イ) 渡辺の供述を前提にする。

(ロ) 指示簿は渡辺、カルテは被告人の字である。

(ハ) 改ざんの跡はない。

(ニ) したがつて、全量水増である。

(2) 検察官の基本的破綻-カルテ原本との照合

検討メモの最大の問題は、検察官が、渡辺の供述を前提にしていることで、前記の(イ)・(ロ)である。

(イ)・(ロ)は崩壊すれば、水増の結果はでてこない。

渡辺は、安易に、指示簿(渡辺)・カルテ(被告人)の記載を判定している。しかし、他方、自己の字であるかどうか不明(例えば金野ヤス)、カルテについても被告人の字であるか不明(例えば同)としている。また、日時によつて、自己・被告人の字か否かを判定している例もある(横田甚作)。さらにカルテにおいて、2→3に改ざんされている(例えば大山スズ)旨述べているところもある。

これだけ見ると、いかにももつともらしい。そこで、弁護人らは、指示簿・カルテの原本を閲覧し、渡辺の供述に根拠があるか検討することにした。しかし、まことに残念なことに、膨大なカルテの全てを検討するには、当弁護人らに許された時間は少なすぎた。やむを得ず、検討メモ(分院分)しか検討できなかつた。それでも重要な事実が明らかとなつた。

(イ) まず、渡辺が、自分の字としている部分と不明としている部分、および他の看護婦の字としている部分について、何ら特別の相違がない。渡辺は、一体、どのような基準でそれら区別をしたのかが全く合理的理由がない。

(ロ) また、一方、明白に渡辺の字と違うものを自己の字としている。

例えば、高田愛子、森本ナミ、鈴木ハル、水野晴一、大嶋エマ、長久保仲吉、浜勇広等。

(ハ) カルテの記載についても、渡辺の区別基準はない。

(ニ) また改ざんの痕跡についての判断に関してもまつたく理解できない。例えば、藤森治子(四月分)のカルテ4・1「E4は、3→4に、4・26E3は2→3に感じる。判断しにくい」としているが、これは、誰が見ても改ざんがはつきりしている。福原善一についても同様である。

(ホ) 渡辺は、すでに退院している患者についても改ざんとしている。こんなことをしかも検察官も見過ごしている。

例えば、大山スズにつき、渡辺は「SBにつき、(指)2・16SB2は私の字、K2・16SBは先生の筆跡、2→3に見える」としている。そして、検察官も、「判断」欄でそのようにしている。

しかし、この患者は、すでに二月九日に退院しているので、渡辺の供述が虚偽であることは明確である。

(ヘ) 渡辺は、1→4への改ざんがあると判断しているが、実際に、カルテを見ても、1→4への改ざんは認められず事実に反している。

例えば、今野ヤス2・6SB、堀内路く2・16SF、横田甚作SB、森本ナミ(三月分)3・16~3・12SB、茂垣九十九E、浜勇広6・11SB、大嶋シマE、水野晴一E。これらはいずれも全量施行である。

全量施行された時の4の記載と、渡辺が1→4と改ざんされた記載と主張する部分をカルテ原本で照合しても判別がつかない。

(ト) 1→4に改ざんがあつたのか否か渡辺にも不明であり、検察官とも結論が相違している。例えば、今野ヤス(渡辺は、「1→4に見える」、検察官は、「1→4とも見ることができる」)、堀内路く(渡辺は、「1→4のように判断する」、検察官は、「1→4の改ざんとも認め難い」)、横田甚作(渡辺は、「1→4」、検察官は、「2・16は改ざんの跡なく」)。

他方、渡辺が1→4への改ざんと認めていないものを、検察官が、如何なる根拠から改ざんとしているものもある。例えば高田愛子、藤森治子(四月分)、川口かね子、前川鉄夫、岡部喜久代(五月分)、水野晴一、鈴木ハル、高久斌。

(チ) さらに、渡辺は、自分の記載ではあるが、水増しではなく、「看護婦がつけ落したので自分が書いた」(例えば、高田愛子福原善一)としている部分がある。しかし、指示簿を見ても、何故、二人の患者のみが「つけ落し」なのかまつたく根拠がない。何故、二人のみがそうで、他の患者が水増しなのか全然理由がない。カルテをみても検討メモを見ても理解ができない。

以上のとおり、渡辺の供述とカルテ原本を照合するとまつたく矛盾しており、渡辺供述の信用性はないと判断せざるを得ない。検察官は、かかる渡辺供述を大前提にすることによつて誤まつた結論を得てしまつた。また、検察官は、カルテ記載の基本的パターンを無視した渡辺供述を信用し、個々の患者の症状を度外視してしまつた。患者の症状を検討することによつて、水増であるか否かをよく判断することができる。温度板を検討するだけでもさらに水増でないことがはつきりする(しかし、当弁護人らがそれをするには時間がなかつた)。

何よりも、検察官は、「疑わしきは、被告人の利益に」という刑事裁判の大原則を忘れてしまつているので、検討メモの如き強引な起訴をしているのである。

(3) 個別の検討

1.遠藤きく

渡辺は、全量水増、検察官も同じく水増(但し、起訴数値は計算間違いとして△3gとしている。この根拠は、渡辺・検察官の基本的パターン-指示簿は渡辺、カルテは被告人の字、改ざんの跡なし-にもとづいている。

しかし、これは全量施行である。渡辺は分院のカルテ記載の原則を無視している。すなわち、分院では、ページの途中で指示の記載があるということは、指示の現実的な変更があつたことを意味し、それは施行したことになる。また、もし水増ならば、指示簿も混合薬の最初に記載することはあり得ない。

2.岡部喜久代(二月分)

これも全量水増としている。但し、渡辺は、カルテの字を不明としているが、検察官は被告人としている。

これも遠藤と同じく全量施行である。2月15日が水増なら2月16日は「do」になつているはずであるのに、改めて記載があるのは全量施行したことを意味する。

改ざんの跡がないから水増とはならないのである。

3.大山スズ

SFにつき、検察官は全量水増としている(但し、カルテの字につき渡辺は何も供述していないが検察官は被告人としている)。しかし、カルテ原本を見ると、1→4の改ざんの跡があり、△5gである。

SBにつき、2・16は2→3への改ざんとしてる。しかし、前述したとおり、この患者は、2月9日にすでに退院しているのであるからこのようなことはあり得ない。

4.桑田トミヨ

指示簿・カルテとも、いつたん消したあと、それぞれ渡辺・被告人が記載したとして全量水増としているが不当である。カルテを見て、指示簿を記載するのであり、指示簿を消して記載することはあり得ない。全量施行としなければならない。

5.今野ヤス

渡辺は、指示簿につき、「似ているが私の字ではない。1→4に見える」とし、検察官も渡辺の記載ではなく、「1→4とも見ることができるところ……」と述べている。

しかし、他の箇所で渡辺が自分の字であると断定している部分とこの部分を比較して一体どこが違うのか理解できない。また、カルテ原本を見ても、1→4とは見えない。

カルテにつき、渡辺は、「判断できない」とし、検察官も、「八木の字とは判断しかねる」としているが、明白に被告人の記載である。渡辺・検察官とも、記載を区別する基準は一体何なのか。実に恣意的である。

検察官は、水増を前提にしているが、指示簿が、「渡辺の記載でない」というのであれば、これは、全体誰の記載なのか。誰が改ざんをしたというのか。

全量施行である。

6.茶木フジ

渡辺・検察官とも、基本的パターンを適用して全量水増としている。しかし、カルテは被告人の字ではなく、指示簿も渡辺の記載ではない。

全量施行である。

7.長久保仲吉

これも検察官は全量水増としているが不当である。渡辺の字としているが、渡辺が、似ているが自分の字ではないとする記載、誰の字か不明としてる部分とまつたく区別がつかない。全量施行とすべきである。

8.堀内路く

渡辺は、SFにつき「1→4のように判断する」とし、「全量使用かどうか判断しかねる」と述べている。渡辺が1→4に判断した根拠がまつたく分らない。この点は検察官と同意見である。SBは全量水増としている。

しかし、これらも全量施行である。この患者は、カルテ・温度板等を見ると、発熱継続しており抗生物質の筋肉注射を追加している。点滴にSBを混入しても解熱することなく、筋肉注射を併用したものであり、全量施行である。

9.矢作ハルコ

渡辺は、カルテの「E4の字はわからない」としているのに、「全量水増と思う」としている。何故、このようになるのか理解不可能である。一方、検察官は、渡辺が「わからない」と述べているのに、「八木の字」であるとしている。渡辺がわからないものを、何故、検察官は、「八木の字」と判別したのか。まつたくの独断であり根拠はない。

全量施行である。

10.横田甚作

渡辺・検察官によると、2・16、2・18、2・21は渡辺の字であるが、2・23は不明という。しかし、渡辺の字とされている部分と不明とされている部分で一体どこに違いがあるのか。

また、カルテについても、2・16は八木の字であるが、2・18、2・21は不明としているが、原本を見てどこに異同があるのか、いずれも被告人の記載である。

さらに、「1→4と判断せざるを得ない」としているが、原本を見てもそのような痕跡は全くない。

これも全量施行である。

11.横元甚太郎

矢作ハルコと同じく全量施行である。

12.渡辺とり

看護婦のつけ落しであり全量施行である。

13.下山喜

渡辺・検察官とも、改ざんの跡なく全量水増としているが、カルテ原本を見ると、E、SBともカルテ改ざんの跡があり、いすれも△5gである。

14.鈴木マサ

渡辺・検察官とも、基本的パターンを適用して全量水増としているが事実に反する。

2・1のE4が水増であれば、2・3の記載はdoでよい。ところがカルテの記載をみると、再度記載されており、2・3からは全量施行である。したがつて△12gである。

15.高田愛子

SFにつき、渡辺・検察官とも何ら言及せず原処理正当としているが、指示簿を見ても、渡辺の字とは見えず全量施行である。

SBについては、検察官の判断は完全に独断である。渡辺は、「2・16は自分の字で看護婦がつけ落したので自分が書いたのかも知れない」、2・9、2・11は不明としている。カルテの2・9、2・11は被告人の字ではないと述べている。

検察官は、2・9、2・11の指示簿は看護婦の字であり、「1→4の改ざんとも見ることができる」とし、カルテにつき、2・9、2・11は被告人の字ではなく、「1→4の改ざんと見ることもできる」としている。それでは、指示簿を記載し改ざんしたのは一体誰なのか。まつたく証拠がない。カルテを記載したのは一体誰で、誰が改ざんしたと言うのか。

「1→4への改ざんを見ることもできる」というが、カルテの原本を見ても、改ざんということはあり得ない。渡辺すら改ざんということは述べていない。

カルテの2・9は被告人記載、2・11は看護婦の記載である。

検察官は、2・16分につき、指示簿は、「改ざんと言いきれない」と主張しているが意味不明である。

SBについても全量施行である。

16.松島とみ

検察官は、計算間違いを指摘するのみであるか、渡辺は何ら証言していず、根拠がない。

全量施行である。

17.福原喜一

結果的には、検討メモのとおり△16gである。

18.二瀬ヒデヨ

検察官・渡辺も改ざんの跡なしとしているが、原本を見ると、1→4への改ざんの跡がある。したがつて、△4gである。

19.小俣はな

検察官は、計算間違いのみを指摘しているが、改ざんの跡あり、(1→4)×12=36で△12gである。

20.鈴木ハル

この患者についても検察官の判断はこじつけである。SBにつき渡辺は、指示簿は自分の字、カルテは「……先生の字ではないし薬品名も間違えている」と述べている。

検察官は、「1→4の改ざんであると見えなくもない……」としているが、3・18のSBは、どう見ても改ざんとは見えない。

また、指示簿の字も渡辺の字とは到底言えない。カルテの記載が被告人の字でないのであれば施行は当然である。全量施行である。

Eについては、何らの言及もないが、1→4への改ざんがあり、△7gである。

21.森本ナミ(三月分)

渡辺・検察官は、3・6~3・11は、1→4の水増、3・20~3・25は全量水増としているが全く事実に反する。

1→4の改ざんと言うが、指示簿・カルテともそのような跡はみられない。指示簿は渡辺の字ではなく看護婦の字であるから全量施行。3・20~3・25は、逆に、カルテの原本を見ると、1→4の改ざんがある。したがつて、この間は、△23gである。

22.掛川梅三

検察官は、改ざんの跡もないということで全量水増としているが、カルテ原本を見ると、4・6、4・25に改ざんされており、4・26には2→3へと改ざんされている。したがつて、△16gである。

23.高久斌

この患者についても検察官はひどい独断をしている。渡辺は何も証言していない。

SBにつき、4・11は渡辺の字ではなく、4・16は「渡辺の字とも思える」としているが、弁護人らには、4・16が渡辺の字とはまつたく思えない。「改ざんについては1→4か否か不明確」としているが、そのような痕跡はない。カルテについては、被告人の字ではなく、「1→4に見える」と言うが、改ざんがあつたとはまつたく判断できない。全量施行されたものである。

Eについては何らの言及もないが、4・1に改ざんがある。したがつて、△10gである。

24.森本ナミ(四月分)

結果的に、検討メモのとおり。

25.藤森治子

検討メモのとおり。

26.川口かね子

検討メモのとおり。

27.佐野ともの

渡辺・検察官とも全量水増としているが事実に反している。カルテの記載方法として、整理上、ページのはじめに指示の記載をし、あとはdoとしていく。しかし、ページの最後に指示の記載のあることは、それが現実に施行されたことを意味し、看護婦のつけ落しにより、渡辺が指示簿に記載したものである。

検察官は、改ざんがないとしているが、原本を見ると、4・26に2→3への改ざんがある。

したがつて・△34gである。

28.前川鉄夫

Eにつき、検察官は、4・6、4・9を改ざんと認めていないが改ざんの跡がある。したがつて、△10gである。

SBについては何ら言及せずに起訴数値を認めているが不当である。カルテの4・11は被告人の字であり、指示簿は渡辺の記載ではない。また、4・16は2→3への改ざんがある、したがつて、△40gである。

29.岡部喜久代(五月分)

これも検事の独断である。渡辺の証言は何もない。指示簿の記載は、米山三郎としているが、どこにその根拠があるのか、指示簿のつけ足しは渡辺以外の者はしない。SBにつき、カルテは被告人の字であり、指示簿は看護婦の字である。全量施行である。

検察官は、Eにつき、「1→2の形跡あり」とするが、カルテの原本を見ても、そのようなことはまつたく考えられない。指示簿は看護婦のつけ落しである。5・18の途中で指示が変わることはなく、その後バシアンに変えたものであり全量施行である。

30.川原吹重吉

検察官の基本的パターンに従つて全量水増としているが事実に反する。5・1に指示簿のつけ落しがあり全量施行である。

31.茂垣九十九

渡辺・検察官によると、5・19、5・21は、渡辺・被告人の字、5・24、5・29は二人の字ではなく、1→4の改ざんとも見えるとされている。

しかし、改ざんとは全然見えず、また、5・24、5・29とも二人の字ではないというのであれば水増はあり得ない。さらに、5・19、5・21とも、カルテ原本からすると二人の字ではない。全量施行である。

32.折笠長治郎

改ざんの跡なしとしているが、カルテ原本を見ると改ざんの形跡がある。5・11、5・16のEは1→4に改ざんされている。したがつて、△10gである。SBにつき、5・21は1→4に、5・26は2→3に改ざんされている。したがつて、△17gである。

33.荷宮正夫

Eについては、検討メモどおりであるか不明。Mにつき、全量水増どしているが、1→4の改ざんがあり、△10gである。

34.野津トキエ

検察官は、全量水増としているが事実に反している(渡辺証言はない)。Eにつき、「改ざんの疑いも少ないので全量水増と考えるべき……」としているが、1→4への改ざんの疑いがきわめて強い。したがつて、△5gである。

Mについては問題なしとしているが、全量施行である。ページの途中からの指示変更は、回診のとき、口頭で指示するものであり、この変更からのM4は全量施行である。

35.浜勇広

検察官は、6・7は水増、6・11~・6・16は1→4の改ざんとしているが、これも事実と異なつている。

6・7は1→4への改ざんである。6・11~6・16は、1→4への改ざんとは到底みることはできない。6・11、6・16の指示簿は渡辺も言うとおり渡辺の字ではなく、カルテの6・11、6・16は「八木の字の可能性がある」としているが、独断以外の物ではなく、この間は全量施行である。△16gである。

36.大嶋シマ

これも全量施行である(Eにつき)。1→4への改ざんはまつたくない。カルテ・指示簿を見ても、被告人・渡辺の記載とは考えられない。

SBについては、1→4への改ざんがあり、△8gである。

37.水野晴一

Eにつき、検察官は、渡辺証言を採用しているが事実に反している。6・1は、カルテ・指示簿とも被告人・渡辺の記載とは考えられない。また、「1→4にも見える」としているが、同じく、原本を見ても、そうとは考えられない。したがつて、△9gである。

SBについては、渡辺の記載ではなく、カルテについては、検察官は、被告人の字ではないとしているが被告人の字である。また、「1→4の可能性があり」、「1→4とも見える」としていが、これもそうは見えない。全量施行である。

38.秋山アサ

全量水増としているが事実はそうではない。まず、前述したように、ページの途中からの指示変更は、全量施行である。「改ざんの跡は認め難い」としているが、カルテ原本をみると、6・26は、2→3に改ざんしている。したがって、△22gである。

39.長久保仲吉(八月分)

この検察官の判断も恣意的である。渡辺は、8・1につき、「字は判断しにくい、自分の字に見えなくもない」とこれやあやふやであるが、検察官は、どのような根拠からか、渡辺の字と断定している。しかし、カルテ原本によると、これは渡辺の字ではない。また、一方、カルテについては「先生の字のように見えますし……」と自信がない。これは被告人の字である。したがつて、これは全量施行である。

40.山元スエ

改ざんの跡なく全量施行としているが、8・22に1→4、8・27に2→3への改ざんがあり、したがつて、△15gである。

41.瓜生はる子

これも間違つている。1→2への改ざんはいずれも認められない。指示簿・カルテとも、渡辺・被告人の字ではなく、全量施行である。

二、原判決に対する疑問

(1) 減額の根拠

原判決は、起訴金額に対し、計算間違いのほか、六名について減額している。その根拠は、検察官が改ざんの跡なしとしているものを、1→4、2→3への改ざん、1→4の改ざんか否か不明なので全量使用と訂正している。

(2) カルテ等を精査すると改ざんはさらにある。

しかし、本院・分院分を問わず、カルテ等を精査すると、さらに、1→4への改ざん、2→3への改ざん等が数多く存在する。分院分については前述したのでここでは本院分について検討する。

以下は改ざん(1→4)の跡、歴然としている。

(イ) 浜勇広(2・14 SF) 5g

(ロ) 前田新蔵(2・21 SB) 5g

(ハ) 宇佐美なを(2・16 SB) 5g

(ニ) 柳原政雄(2・18 SB) 5g

(ホ) 横田甚作(7・1 M) 5g

(ヘ) 茶木フジ(7・26 T) 5g

(ト) 鳴島以ま(7・1 M) 5g

(チ) 山田助次郎(3・23 E) 9g

(リ) 鈴木アサ(3・1 T) 6g

(ヌ) 山岸タノ(8・1 SB) 5g

(ル) 田中ヨキ(8・3 M) 3g

さらに。1→2への改ざんもある。

(ヲ) 山本昌雄(2・27 E) 2g

以上は、ごくごくその一部であり、カルテ等を精査することによつてさらに多くの1→4、2→3等の改ざんが明白になる。

(3) 全量施行について

原判決は、全量施行であるとの弁護人の指摘に対し、いずれも否定している。その根拠は次のとおりである。

(イ) 4gという数量は使用しない。

(ロ) doは同一物質以外のみに適用される。

(ハ) 分院については米山が記載したものがある。

原判決は、宇田川源太郎(本院分)につき、カルテの記載から1→4への改ざんか否か不明であるので全量施行としたと述べている。この結果については何等の異議もない。

しかし、カルテの記載については、検察官、渡辺とも改ざんとしている。弁護人が検討すると改ざんの跡はない。このように、検察官が安易に改ざんの跡がなく全量水増としているのが数多く存在している。原判決が宇田川につき改ざんが不明であるので全量施行と訂正したのであれば、同一の事例はもつともつと多く存在する。十分に検討して頂きたい。

原判決が宇田川につきかかる訂正をしたのは、カルテの記載もあるが、実質的にはその病状である。宇田川は、六月一〇日に死亡している。したがつて、被告人の「…熱も高くなつていただろうし、容態が変わらないと六日の指示がずつと出ている。六月九日に容態が変つて指示が変つたと思う」との弁明を容れたものである。原判決のいうように、抗生物質を四g使用することはないという前提が間違っている。症状によつて四g投与することは十分あり得る。カルテ、温度板等を検討しその症状を把握する必要がある。本院分についても次のとおりの例がある。

例えば、曽武川はつのMにつき全量水増としているが、この患者は、腎う炎の傾向がつよく四gの投与は何等不自然ではない。鳴島以まのMについても、高熱があり酸素吸入も施行し重篤な患者であり全量施行なのである。二の瀬、遠藤きくについても同様である(検察官も吉沢につき死亡の事実を考慮している)。

また、原判決は、「分院分については米山三郎が行つたものもあることは証拠上明らか」とするが、米山が記載したものは、ごく一部分であり、しかも本院分についてはかかることはない。

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